2010年7月7日水曜日

そば猪口 Beautiful Shapes, Lovely Paintings



 そば猪口は骨董の入門編、ということがよく言われている。実際にたくさんのものが残されているし、絵柄も豊富なのでコレクションの対象としては最適であるから、確かにそうなのだろう。

 ところが、ポピュラーになるということはそれだけ求める人も多くなるわけだから、当然、良いもの・珍しいものはそれなりに高価になり、気軽な入門編などとは言い難い。叔父などに昔は安かった、と言われるけれど、残念ながら今は昔ではない。料治熊太さんの本にあるような掘り出しの可能性は全くない。いきおい手もとに集まってくるものは傷ものばかりになる。
 気に入りの猪口をみっつ並べてみた。どれもニュウ‥ひびや、欠けがある。いま傍らにあるのは、そのおかげだ。もちろんたまには自分で金繕いをしなければならない。それでも、こうして眺めていればなんだか幸せなのだから、欠けていてくれるのも悪いことではない。

 ところで、そば猪口そばちょくというけれど、いったいこれはいつ頃からの呼び名なのだろう。現存する数から考えても、これらがすべて蕎麦つゆ用だったとは思えないし、古いタイプのものはそば猪口というには小さすぎるし、おそらくぐいのみから向付け、湯のみなど、日常のいろいろな用途に使われたのだろう。

 カイ・フランク‥Kaj Franckも影響を受けたと思われる、スタッキング‥重ね置きできるシンプルかつ美しい器形といい、何種類あるのか見当もつかないくらい多彩な絵付けの洗練された魅力といい、人の歴史上でももっとも豊かな日用食器であることは間違いない。


Soba-Tyoku ..Porcelain, Imari Ware, Japan 17-18th century

繭皿 Wooden Plate



 かつて上州の養蚕農家で使われたという、繭皿。一見まるで漆でも塗られているようだが、これは長い間に囲炉裏のススによっていぶされ続け、自然にコーティングされたもの。そのままにしておくと手が真っ黒になる。布と紙でしっかり乾拭きしてやると、だんだんと落ちついた。

 糸を出しはじめた蚕を、繭を作る場所へ移す際に、この木皿にのせて運んだそうなのだが、エッジのくっきりとしたその形状と炭の黒があいまって、産地も時代も判然としない不思議な雰囲気を醸し出している。



Wooden Plate - Used in a Silkworm Farm, Japan 20th century

2010年7月6日火曜日

鉄の風あい Surface of The Iron Object



 古い、時代を経た鉄の道具の‥道具でなくてもよいが‥肌を眺めたり、撫でたりするのが好きだ。
 新品の鉄は痛そうだったり冷たそうだったりするけれど、時を経て、錆びたり朽ちかけていたりする鉄というのは、なぜこうあたたかだったり、気持ちを鎮めてくれたりするのだろうか。

 一見適当なようでいて繊細な仕事ぶりと、そのまま飾っておいたらきれいなのでは、と思わせる形にひかれて求めたこれは、ずっと何に使ったものだかまるでわからずにいたのだが、あるとき炭を扱うお店で似たものを目にして、炭焼きの道具であることを知った。ただ、どんな工程でどのようにして使ったのかは、まだ知らない。
 

Charcoal Maker's Tool, Iron, Japan 19th century

オランダのやきもの 2 Old Dutch Pottery 2



 オランダをはじめヨーロッパのやきもののルーツはそもそもイスラム圏にあって、イスラム勢力のイベリア半島進出とともに、その技術も西欧へもたらされた。モスクを飾るタイルなどは、その代表といえるかもしれない。
 はじめイスパノ・モレスクといわれたイベリア産の陶器が、スペインのマヨルカ‥マジョルカ島を経由して各地へ輸出されたため、マヨルカ‥マジョルカと呼ばれるようになったのは、日本の有田で作られたものが唐津とか伊万里と通称されたことと似ている。
 マヨルカ‥マジョルカ陶は16世紀のイタリアで広く普及して、イタリア各地に窯が開かれている。オランダやベルギーなどへ渡ったのは、こうしたイタリアの職人たちだったらしい。

 この白いデルフトのお皿は17世紀初頭のもので、イタリアから伝わった当初の、オランダではマヨリカといわれる様式が強く残る。
 17世紀後半のものが器体全面を白い錫釉で覆っているのにくらべて、このお皿は表だけに錫を混ぜた釉を使い、裏面には錫を入れない鉛釉を施していて、高価な錫を節約しているのが窺える。
 器形としても、見込みに重ね焼きの際の目あとが残されていること、裏面が平らではなく高台が作られている点など、後年の作とのちがいが見てとれる。
 銀器から現代のボーンチャイナまで、ヨーロッパのテーブル・ウェアの基本ともいえるかたちは豊かで、たっぷりと掛けられた錫白釉の表情も眺めてあきることが無い。

 

Plate, Majolica - Delft Ware, The Netherlands 17th century

参考文献: The Edwin Van Drecht Collection - オランダ陶器 朝日新聞社 1995年

オランダのやきもの Old Dutch Pottery



 有名なデルフトの藍絵や白のやきものとは趣の異なる、17世紀初頭のオランダの、茶色や緑の陶器。フェルメールと同時代の風俗画の片隅にも描かれているこれらのやきものは、そのみかけから想像がつくように、やはり庶民の生活の中で使われたものらしい。

 デルフト陶の白色は、鉛をベースにした釉薬に錫を混ぜることで作られているけれど、より安価なこういったものの場合は、装飾的に美しい効果を得られる錫の分のコストを減らして、鉛だけを使った透明な釉を、鉄分の多い生地にそのまま掛けて焼かれている‥筒型のほうは、内側にしか釉を掛けていない。緑のものは鉛釉に銅を混ぜたもので、これは床タイルなどにも見ることができる。

 それにしても、柳宗悦と民藝の先達以来、さんざん語られていることではあるけれど、これらのやきものの出自とはうらはらの、この立派さはどうだろう。取手付きのものは、リーチがお手本にした英国中世陶と同様の強さと存在感を持っているし、クリーム‥軟膏などを容れたらしいカップの、単純にろくろで引きあげられたずん胴のボディーから端反りになった口もとへ連なるフォルムは、簡素の極地ながらこのうえなく美しい。
 

Bowl with Handle, Cream Bottle, The Netherlands 17th century