2009年10月8日木曜日

宗廟 Jongmyo



 ソウルへでかけた。前回ははじめてということもあって、やきものをはじめ、いろいろな工芸品を安く手に入れられるのではないか、という甘い期待を抱いていた。つまり骨董屋さん巡りに夢中で、観光客らしい名所旧跡にはまるで訪れなかった。だから、今回の旅行でははじめから、ここだけは行きたいと思う場所があった。

 宗廟(チョンミョ)は朝鮮王朝歴代の王や王妃の魂が祀られている場所で、離宮‥長く王宮として使われた‥である昌徳宮(チャンドックン)に隣接し、正式な王宮の景福宮(キョンボックン)にもごく近い。周りは市民が憩う公園になっていて、街の中心部ということもあり、なんとなく京都の下鴨神社を思いおこさせる。木陰でおじさんたちが碁を打つ音が耳に心地よい。

 公園を抜け、参道を歩く。まっすぐ石畳が伸びている。まんなかに立って写真を撮ってから気がついたのだけれど、この石畳は先祖の魂が通る道であり、人が立ってよい場所ではないという。知らないこととはいえ、とても申し訳ない気持ちになる。
 廟の域内には、黒い体にワンポイントの青が美しい馴染みのない鳥が姿を見せる。実際に見るのははじめてだけれど、民画などにはよく登場する鵲(かささぎ)だ。民画では虎と対で描かれ、神様の言葉を伝える使いであるとされる。その鵲たちに導かれるように長い塀にそって進むと、その塀の中が廟の正殿だった。

 100メートルほどもあるという横長の正殿の前に広がる、花崗岩を敷きつめた月台と呼ばれる広場が、宗廟を特別な魅力のある場所にしている。今でも毎年祭礼が行われるという、舞台のように地面から一段高くなっている月台は、中心から端へ向かって、ゆるやかに曲面になっている。隣に建てられた永寧殿の月台はわりと水平を保っているので、わざと曲面にしているとは思えない。この曲面と、これも中心から端に行くにしたがって碁盤目から徐々に目が粗くなり、ばらばらとばらけていく石畳の不規則さが、冷たくいかめしいものになりがちな石の広場に不思議なリズムと表情を与えている。
 
 晴天に鵲の鳴き声と観光ガイドの声が溶けていく。宗廟はユネスコの世界遺産に登録されてもいるので、入れ替わり立ち替わりにツアーの人びとがやってきては去っていく。正殿の正面で韓服を着た老人が伏せて祈っていた。巡礼のようなものだろうか、と思って眺めていたら、しばらくすると老人はこちらへやってきて、何ごとか話しかけてくる。僕は日本人です、と言うと、とてもやわらかな顔で手をあわせる。とてもきれいな笑顔だった。


Jongmyo, Royal ancestral shrine of Joseon dynasty.  Seoul, Korea