2009年12月12日土曜日

山田萬吉郎さん Mr. Mankichiro Yamada



 務安は朝鮮半島の南西部、全羅南道にあり、光州とか木浦に近いといえば、あのあたりか、と想像のつく向きもあるだろう。
 山田萬吉郎さんは、戦前の務安で農場を経営してみえた方で、そのかたわら、務安近隣を中心に数多くの古窯址を訪ね歩き、その様子を一冊の本に著された。それが「三島刷毛目」で、雑誌「茶わん」に発表された文を中心に、昭和18年、「茶わん」を発行していた寶雲舎から発行されている。
 
 「三島刷毛目」の、他の多くの書物とは異なる魅力のひとつは、萬吉郎さんが研究者ではなく市井の趣味人で、この本が学術的なものではまったくないことにあるだろう。
 農場で働く現地の人びとや所謂「掘り屋さん」から「あそこに窯址がある」という情報を聞けば連れ立って出かけ、希少な陶片を手にして喜び、朝鮮陶磁の変遷について持論を展開するのだけれど、好きが高じてのこと、窯址をつきとめるまでのはやる気持ち、よいものを手にした時の高揚などが、読者である僕たちの感覚にとても近い。
 学者ではないからその文体は柔らかく、ただやきものについてだけでなく、日々の暮らしや周囲の人たち、窯址あたりの山や道すがらの様子についていきいきと達者に描き、かの地のかつての雰囲気を伝える。印象としてどこか牧歌的であるのは、萬吉郎さんが出版の時点では既に、宇治へ引き揚げてみえたからなのかもしれない。

 もうひとつの大きな魅力は萬吉郎さんの筆による挿絵で、採集した陶片が、当時のことであるから墨一色で描かれているのだけれど、その洗練された描線、絶妙な白黒のバランスはみごとというほか無い。白地に浅葱色で三島手の陶片を配した表紙は、時代を感じさせないモダンなデザインだ。
 鶏龍山窯址への旅の項では現地の景色がさらっとスケッチされていて、不思議に心が和む。朝鮮陶磁を好む者にとっては、愛すべき一冊だと思う。


Bowl and Pieces of Buncheong ware,   Korea   16th century
“Mishima Hakeme” by. Mankichiro Yamada,  1943  published in Japan